デス・オーバチュア
第9話「光輝の槍」







「ようこそ、クリアの死神さん」
三方に分かれてからしばらく進むと、広い場所に出る。
そこには、黄金の髪と瞳をした美女が一人ただずんでいた。
「……ファントム?」
「ファントム十大天使第三位、理解のビナー・ツァフキエルと申しますわ。以後お見知り置きを……」
ビナーは優雅な仕草で挨拶をする。
「……私は」
「タナトス・デット・ハイオールド様ですわね、よく存じていますので、自己紹介は不要ですわ」
「そうか……」
「さて、ファントムとクリア、封印を解放しようとする者と封印を守ろうとする者……つまりは敵同士、それだけ解っていれば戦う理由は充分ですわね」
「…………」
タナトスは頷く代わりに大鎌を構えた。
ビナーはゆっくりと右手を上げるとタナトスを指さす。
直後、タナトスの左肩に小さな光点が生まれた。
「んっ?」
タナトスは反射的に、その光点から逃れるようと肩を動かす。
その瞬間、タナトスの左肩は何かに撃ち抜かれた。



左肩から勢いよく血が噴き出している。
何が起きたのかタナトスには理解できていなかった。
「何が起きたのか理解不能という顔をしていますわね。宜しいですわ、よく理解できるように今度はもっとゆっくりとして差し上げますわ」
そう言うとビナーはまた右手の人差し指をタナトスに向ける。
直後、タナトスの左太股の辺りに光点が生まれた。
「この光はあくまで照準を付けるためのものでダメージはありませんわ」
「標準?」
このままでは拙いと判断したタナトスは左足を動かして光点を外そうとする。
だが、タナトスの足の動きに合わせるように、ビナーの指も動き、光点もまたタナトスの左太股を追尾してきた。
「そして、これが……」
ビナーの人差し指の先に黄金色の光が集まり、何かの形を成していく。
程なくして黄金の光は、槍のような形を取り変化を止めた。
「あなたを撃ち抜く光輝の槍ですわっ!」
ビナーの叫びと同時に光の槍はタナトスの視界から消え、同時にタナトスの左太股から血が噴き出す。
「ぐっ!」
タナトスは左手を大鎌から離すと、左太股を押さえた。
左太股には小さな穴が貫通している。
おそらく光輝の槍が貫いたのだろうが、タナトスには光輝の槍の動きがまったく見えていなかった。
「さて、では呆気なさ過ぎて物足りない気もしますけど、次で終わりにさていただきますわ」
そうビナーが宣言すると同時に、今度はタナトスの左胸に光点が生まれる。
「永遠にさよならですわ」
ビナーの指先が黄金色に輝いた。



「意外と過保護なんですね」
ビナーとタナトスが戦っている場所と同じような広い場所で、コクマとルーファスは対峙していた。
「それとも嫉妬が理由ですか?」
コクマは口元に意地の悪い笑みを浮かべる。
「黙れ、ガキのくせに誰をからかつもりだ。身の程を知れ」
ルーファスは傲慢に言い放った。
普段、タナトス達を相手にしている時とは別人のような態度と口調である。
「まあ、確かにあなたやDさんから見たなら私など子供でしょうね。たったの四千年程しか生きていませんので」
「人の身でそれだけ生きれば充分だろう? 今、楽にしてやるよ」
「遠慮しますよ、まだまだやりたいことが色々とありますのでね」
「遠慮するなよ、この俺の手にかかることを光栄に思いながら逝くといい」
ルーファスは無造作に左手の掌をコクマに向けた。
「光輝天舞(こうきてんぶ)!」
ホワイトで家を数件消し飛ばした時の何倍もの莫大な黄金の光がルーファスの掌から撃ちだされると、コクマを呑み込む。
「……ふん、やっぱり駄目か」
ルーファスは不機嫌そうな表情で吐き捨てるように言った。
「力が大きすぎるというのも考えものですね。あれ以上出力を上げたら、洞窟自体を吹き飛ばしてしまう……かといって『この程度』では私を消し飛ばすことなどできませんよ」
光が晴れると、無傷のコクマが姿を現す。
「ちっ、爆発や衝撃が極力発生しないように調整するとやはり威力自体も落ちちまうか。たく、面倒臭せぇ」
「大分ガラが悪くなってきましたね。普段本性を隠しているせいでストレスが貯まっているんですか?」
「うるせぇよ。今、お前が見ている俺も、普段タナトスに見せてる俺も、どっちも俺であることはに違いはない、まあ、どっちも厳密には俺の本質とは少し違うんだがな」
「ほう、それはまた興味深い話ですね」
「お前ごときが俺を理解する必要はないし、不可能だ。人間に翼が生えた程度過ぎないお前ではな」
ルーファスは馬鹿にするような笑みを浮かべると、コクマを見下す。
「人間に翼ですか?」
「優れた猿、人間のことを猿に毛が生えたようなとか言うだろう? お前もちょっとばかり人間の限界を超越したって言っても、俺から見たら所詮ただの人間ってことさ」
「言ってくれますね。では、所詮人の身である私の力があなたにどこまで通用するか試させていただきましょうか」
「やってみな、四千歳のクソガキ」
「では、トゥルーフレイム!」
コクマは水色の紋章の浮かんだ左手を天にかざした。
甲の紋章が炎のように吹き出し、やがて水色の半透明な剣の形を取る。
「運命を司る神剣、真実の炎トゥルーフレイムか。確かに十神剣はこの世界、いや、魔界や悪魔界といった全ての世界を含めても最強クラスの神剣だろうな。だがな……」
ルーファスは左手の甲をコクマに見せつけた。
甲には黄金色の奇妙な紋章が浮かんでいる。
紋章が一際激しく輝いたと思うと、次の瞬間にはルーファスの左手には光輝く美しい白銀の剣が握られていた。
豪奢な装飾のされた、それでいて悪趣味ではない、どこまでも美しい両刃の剣。
「光の神剣、光輝剣ライトヴェスタ……確かに、あなた以上にその剣の似合う方はいませんね」
「さあ、じゃあ、同じクラスの武器で地味に斬り合いしようか」
ルーファスは、自ら激しい輝きを放つ神剣を振った。
それだけで、無数の星屑のような光がコクマに襲いかかる。
「くっ」
コクマが剣を振り上げると、剣先から水色の炎が吹き出し、無数の星屑を全て呑み込んだ。
「そうですね、どうせあなたには魔術魔法の類など一切効かないのでしょうから、私としてもそれしかないでしょうね」
「安心しな、俺も剣だけで戦ってやるよ。俺の力は大きすぎるからな、こんな所で下手に使ったら、洞窟ごと吹き飛ばしちまう」
「それなら私にも少しは勝機がありそうですね。斬られてもノーダメージとか反則なことはしないでくだいよ」
「そんなつまらないことはしないから安心しな。倒されるかもしれないスリルが無ければ、戦いなんてする意味がない。首を刎ねられたり、心臓を貫かれたら、ちゃんと倒されてはやるよ」
ルーファスは心底楽しげな笑みを浮かべながら答える。
「それを聞いて安心しました。では、行きますよ」
超越者同士の殺し合いが始まった。




「あれ?」
ビナーはキョトンとした表情を浮かべていた。
「……当たらなかった? もしかして、あたくし狙い外しました?」
「……いや正確だった。僅かなズレもない恐ろしく正確無比な一撃だった……」
「だったら、なんで無傷で立っていますの?」
ビナーが光輝の槍を放ったにも関わらず、タナトスは無傷で平然と立っている。
「もう一度試してみたらどうだ?」
「……そうさせてもらいますわ!」
タナトスの額に光点が生まれた。
だが、いつまで経ってもタナトスの額から血が噴き出す気配はない。
「あらあら?」
「光点で軌道が解る。後はそれに合わせて切り落とせばいいだけ……」
タナトスは、ビナーの見えない速さで大鎌を振るい、光輝の槍を切り落としていたのだった。
「……だったら、光点、標準をつけるのをやめるだけですわ」
宣言と同時にビナーの人差し指が光る。
しかし、何も起こらなかった。
「……もしかして、今のも切り落としましたの?」
「自らの槍の動きが自分でも見えないのだな? 速さゆえの欠点か」
「くっ!」
再度、ビナーの指が光るが、やはり、何も起こらない。
「今のは同時に三本の槍か」
「うっ……見えないんじゃなかったんですの?」
「確かに、お前の槍は私には見切れない。だから、見ようとするのをやめた……」
「はい?」
「見るのではなく感じる……気配を感じるままに切り落とす……それだけのことだ」
タナトスは淡々とそう言った。
「それだけってあなた……そんな事も無げに……」
タナトスは無言でゆっくりとビナーに近づいていく。
「くっ……はああっ!」
ビナーの指先が今までよりも激しく光った。
「……同時に五本……それが、お前が同時に放てる本数の限界か?」
「あなたおかしいですわ! どうして見えないのに、気配でならそんな正確に簡単に捕らえることができますの!?」
「…………魂殺鎌の届く間合いに入った」
タナトスはビナーの質問には答えずに、大鎌を振りかぶる。
「滅っ!」
「お姉様っ!」
タナトスは迷わず大鎌を振り下ろした。







































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